目指せ、「心と身体の自己治癒力の回復」。

 

「話を聞いてほしい」
それだけでいい時もあります。

 

「悩みがありすぎて何を悩んでいるのかもわからなくなる」
時もあります。

 


心の整理整頓が必要な時、わたしを思い出してください。

 

 

 

 

わたしが目指す未来は、セラピストという職業がなくなること。
みなさん一人ひとりが、「自分専属のセラピスト」になっていること。

 

 

安心して愛される自分を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年

5月

23日

もし、長い髪の毛を切るのなら。



















わたしが抗ガン剤治療していた平成初期は、人工毛のカツラでした。

とても高価でした。


でも「女の子だから」と母が買ってくれました。





 
抗ガン剤治療の影響かわからないけれど、
新しく生えてきた毛は、治療前よりも柔らかく細く量も少なくて。

地肌がね、見えます。
だから、いつも根元からガッツリパーマあてます。

量が少ないからとても良い感じの爆発頭になって、わたしはとても気に入っていますが、周りには不評です。


美容院に行った日は息子も執事も必ず、
「あれ?今日どっかで爆発事故あった?」
と聞いてきやがります。←丁寧に怒る。笑




 
それでも、こんな毛でも役に立つのなら、伸ばしてみようかな(╹◡╹)♡





どなたかわからないB型の血液を、わたしはたくさんたくさんいただいて今の命があります。

わたしは、献血ができなきけれど、
髪の毛ならいくらでも提供できるから。




大切な友人、ヘレンさんのHPで「そうか」と思ったので、
一緒に髪の毛伸ばす仲間になりませんか?

イラストレーター ヘレン  公式HP


沼津でヘアドネーションに賛同してくださっているお店だそうです。




ヘアドネーションとは?






飽きっぽいわたし。
どこまで伸ばせるかな(╹◡╹)







 

2017年

5月

23日

もし、長い髪の毛を切るのなら。



















わたしが抗ガン剤治療していた平成初期は、人工毛のカツラでした。

とても高価でした。


でも「女の子だから」と母が買ってくれました。





 
抗ガン剤治療の影響かわからないけれど、
新しく生えてきた毛は、治療前よりも柔らかく細く量も少なくて。

地肌がね、見えます。
だから、いつも根元からガッツリパーマあてます。

量が少ないからとても良い感じの爆発頭になって、わたしはとても気に入っていますが、周りには不評です。


美容院に行った日は息子も執事も必ず、
「あれ?今日どっかで爆発事故あった?」
と聞いてきやがります。←丁寧に怒る。笑




 
それでも、こんな毛でも役に立つのなら、伸ばしてみようかな(╹◡╹)♡





どなたかわからないB型の血液を、わたしはたくさんたくさんいただいて今の命があります。

わたしは、献血ができなきけれど、
髪の毛ならいくらでも提供できるから。




大切な友人、ヘレンさんのHPで「そうか」と思ったので、
一緒に髪の毛伸ばす仲間になりませんか?

イラストレーター ヘレン  公式HP


沼津でヘアドネーションに賛同してくださっているお店だそうです。




ヘアドネーションとは?






飽きっぽいわたし。
どこまで伸ばせるかな(╹◡╹)







 

2017年

5月

23日

障害をもつ親をもつ、子供の気持ち。




先日、
「がん経験者として伝えられること」と題し、沼津市立看護専門学校でお話させていただきました。
 

20分なんてあっという間、しゃべり足りなーい!!!笑








さてさて、
話しながら思い出したことがありました。



それはね、

「足が悪い母ちゃんなんてイヤだ!」って言われたら、どうしよう。

って、子供が生まれる前に考えていたことです。









障害を持つ親をもつ、子供の気持ち。



置き換えると、
「足の悪い母をもつ、我が息子の気持ち。」
ということ。








…息子本人じゃないからわかんない。






苦笑









そう
そうなの。

わからないの。




息子が親(わたし)の障害に対してどう思うかは、子供(息子)にしかわからない。


だからね、
「子供がどう思っているのか」
「私は子供にどう思われているのか」
を心配してもキリがなくてね。







例えば。

わたしのように片足がない人の日々の生活(暮らし)をみて育つ我が子がいて。



例えば。

布団から起き上がれず横になっていることが多い親を見て育つ子がいて。



例えば。

生まれてから一度もお母さんに顔を見てもらうことがない子がいて。



例えば。

生まれてから一度もお母さんに声を聞いてもらうことがない子がいて。





子供なりに考えること思うことはあると思います。


でも、
「それが、僕の私の親だから」。




それだけ。
その事実だけ。






だから、
「ごめんね」
「こんな身体で迷惑かけて」
って思うことは自由だけれど、
思ったところで何かが変わるわけではないから、

それならば、

今の自分という「事実」で、これからも「自分を大切に生きる」ことを見せていくことが、一番心に残る躾なのかもしれない。


わたしはそう思います。





お母さんとお父さんと同じような人が世の中にはいるんだといことを伝えられる(教えてあげられる)だけで、わたしはいいと思うんです。



「だから優しくしなさいよ!」
なんて言うのも、ちょっと違うもの。




「優しさ」って、
親が子供に教えて身につくものじゃないんだよね。

子供自らが経験を積み重ねて身につくものなんだよね。





例えば。


足の悪い親をもつ子供は、
ビッコ引いて歩く人が電車に乗ってきたら、迷わず席を譲ると思います。

なぜなら、
足の不自由な人が電車の揺れに耐えることがどれだけ大変なのか、常に身近で学んでいるからです。





「お母さんがこんな身体でごめんね。」
なんて、とんでもない。


これが、「命の教育」。

何よりも大切で何よりも素晴らしい、「心の教育」。




わたしは、そう思っています。





 

 




2017年

5月

23日

「入院生活がこんなに楽しいと思ったこと、ないよ」。


足の調子が良くなく、入院せざるを得なくなった時の話。



わたしがしばらくお世話になるベッドがある部屋に、先に入院していたリエちゃん。
8つ年下のリエちゃん。

…同じニオイがするリエちゃん。笑


なぜわかるかって?


それはね、入院初日の夜、
カーテン越しに、観ているテレビ番組が一緒だということがわかったのと、笑うタイミングが一緒だったから。大笑





わたしが足の病気で初めて入院したのが、平成元年。

当時は、通院しながら治療とか、治療の時だけ入院とか、
そういうシステムはまだなかったんだけど、
平成16年の入院の時にはそういうシステムが定着していて、
「進化したなぁ」って感動したこと、今でも忘れない。


そのシステムを利用して、リエちゃんは治療をしていた。





わたしが入院した翌日から、同じニオイがする者同士、まあ、よく喋る喋る。笑

どこの部位のがんなのか。
どうやってみつかったのか。
今回は治療だけなのか、手術もあるのか、などなど。


一緒に売店行ったり、
どちらかが調子悪い時は用事頼まれたり頼んだり、
外出許可もらってラーメン食べに行ったり、
談話スペースで喋りまくったり、
リエちゃんの辛い時間に何もできず、私が泣いたり、
わたしの苦しい時間を、リエちゃんが泣いてくれたり、

わたしはいつも、入院生活を割と楽しんで過ごしているほうだったけれど、
この時の入院生活はね、本当に本当に楽しかったの。



あ、足切断した入院の時の話です、これ。笑




主治医と手術について話をしたあと、
母よりも誰よりも先に報連相したのが、リエちゃん。

リエちゃんも、
今後の治療方法について、旦那さんよりも誰よりもわたしに報連相してくれてね。


わたしが足を切る手術の当日も、
朝早くからまるでリエちゃんが手術するかのように、ソワソワしてくれて。笑




術後の傷口の消毒の時なんてね、
複雑骨折のような手術をしたもんで、もう痛くて痛くてたまらなかったの。

毎回「ぎゃーっっっ!」って言ってたの、わたし。

それ聞いて、リエちゃん大爆笑。
「ウルサイ」って言われてた、毎回。笑



手術の後、痛みが続いて眠れない夜がかなり続いたんだけれど、
その様子をリエちゃんはずっと見てくれていて、
足を置きやすいようにって、抱き枕を買ってきてくれたりしてね。


場所は病室だったんだけれど、一つ屋根の下の家族になった気分でね。





リエちゃんが話してくれたんだ。


「結婚して数日で病気だってわかって、
旦那さんに申し訳なくて、
病気になったのも主治医のせいにして、
治療も手術も苦しいし、
ぶつけるトコロがなくて主治医に文句ばっかり言ってた。

けどね、
今回の入院でみかちゃんと出会って、リエ、変わったよ。

今ね、メチャメチャ楽しいんだよ。

入院生活がこんなに楽しいと思ったことなかったし、
これなら入院が続いても耐えられるって思ってさ。

治療頑張って長生きできそうな気がしてきたさ。

みかちゃん、ありがとうね。
足切ってくれて。笑」


って。




リエちゃんの主治医にも言われた。

「みかちゃんのおかげで、今回のリエちゃんは治療をものすごく頑張ってるんだよ。
ありがとうね、退院しないでずっと居てくれていいんだけど。笑」
って。

だから、それはイヤだってお断りしたけれど。笑




リエちゃんが通院治療に切り替わり、外来で抗がん剤治療する時は、
わたし、外来まで行ってリエちゃんの投薬が終わるまで一緒にいて。

義足のリハビリのために転院し、沼津に戻ってからも、
定期的な通院があったので、そのたびにリエちゃんと約束して会って。

リエちゃんが旦那さんと沼津に遊びに来てくれたり、
わたしも息子とリエちゃんちに泊まりに行ったり。



ほんと、楽しかったの一言でね。







リエちゃんと知り合ってちょうど2年が経った5月。


朝携帯電話に着信があって、リエちゃんからだったの。

「もしもーし^^」
って出たら、旦那さんがリエちゃんの携帯電話から掛けてきたの。

「あ、みかちゃん」って旦那さん。


「ねえ、、、、ちょっと、、、
これリエちゃんの電話でしょ?
なんで○○君が掛けてくるのよ。
なんでリエちゃんが掛けてこないのよ!!!」



ここからは涙でしばらく話せなかった。





リエちゃん、星になった。


わたし、車飛ばして会いに行った。






リエちゃんのママに言われた。

「みかちゃんと出会ってからのリエは、病院に行くのが楽しそうでね。
もちろん、泣きごと言うけれど、けれど頑張るんだって言ってくれてね。
みかちゃん、本当にありがとうね。」

って。




旦那さんも、

「週末自宅で過ごして月曜朝また病院に戻る時、
今までのリエは大泣きだったけれど、
みかちゃんが病院に居た時は、早く病院帰りたいって言ってたくらいだったんだよ(笑)」

って話してくれて。









苦しい入院の思い出ばっかりじゃなくて、
楽しい入院の思い出ができてくれたことが嬉しかった。

もうちょっと頑張って生きてみようかなって思ってもらえたことが嬉しかった。





リエちゃん、
あれからわたし、義足歩行が上手になったよ。

リエちゃん、
息子はもう中3になったよ。

リエちゃん、
わたしのことを大切に想ってくれる彼ができたよ。

リエちゃん、
リエちゃんの分もわたし楽しむからね。




楽しかったね、本当に。
あの時間、絶対に忘れないよ。


大好きなリエちゃんへ。











2017年

5月

23日

今でも涙が出るくらい、何もできなかったあの時。



離婚した翌月に、足の調子がおかしくなり。


単純に、「今までの疲れが出たんだ」と笑っていたんだけれど、笑っている場合じゃないくらい、足の一部が赤く腫れあがってきた。




で、切断することになるわけだけど。







当時、息子はまだ3歳前。


わたしの母が育ててくれたけれど、

大事な時期に一緒にいてあげられなかったことが、仕方がないけれど、今でも悔しくてね。



千葉の病院は退院し、

義足を作ってもらい、歩行練習をするため、次は新宿の施設(現在は南千住にあります)でリハビリ。


沼津から毎日通うのは、当時のわたしには体力的に無理だったので、施設に宿泊しながら歩行訓練。



けれどね、痛くて痛くて痛くて痛くて。



歩く以前の話。

義足の重さに、右足が耐えられない。



たった2キロ。

されど2キロ。



装着方法を教わり、まずは靴の脱ぎ履きの練習。


これだけでも、痛くて痛くて痛くて痛くて、吐きたくなるくらい、痛い。




午前中は、靴の脱ぎ履き練習。

午後は、立ったり座ったりしてみようなんてスケジュール決めるけれど、全くできず。



朝9時から夕方4時までの訓練時間。

たっぷりあるから、たっぷり練習して、早く沼津に帰る。

そう決めていたけれど、

実際は、朝9時から始まった訓練だけれど、10時まで持たない。



痛い。

痛い。

痛い。




明日も頑張りたいから、まだ沼津には帰らない。

そう意地張っていたから、

夕方まで、みんなの練習を眺めているだけ。




それが、何日続いたかな。




先生に、言われたの。

「一旦、沼津に帰ろう」って。




歩きたいだけなのに、自分の力で立つこともできず。


義足履いて、靴履いて、右足一歩前に出すだけなのに。


頭ではわかっているのに、身体が動かない。


動く動かない以前の問題、痛くて痛くてたまらない。





悔しかった。






早く子供と一緒にいたい

早く職場復帰したい


この焦りが、全ての流れを止める「心の血栓」になっていたことに、当時は気付かなかった。




リハビリ再開の目安は、「一日義足を付けていて、痛みを感じないようになったら」。


それまでは、とにかくゆっくり休みなさい。



これが宿題だった。







ゆっくり休む。



頭ではわかっている言葉。


けれども、心では認めることができなかった言葉。






ゆっくり



休む




今思うと、どちらも自分辞書にはなかった言葉だったかもしれない。


ゆっくりなんて、休むなんて、

怠けているみたいでイヤだって、思っていたのかもしれない。



すごくすごく大事なことなのにね。








この時期は、

切断の入院の時に仲良くなった戦友3人とのメールのやりとりが、すごく嬉しい時間だった。


今は、3人とも、空の星になって輝いてる☆





何度も入院するとさ、

その時期の、いわゆる同期メンバーがいるわけで。笑


星になった戦友がほとんどだけれど、元気に生きている戦友もいる。




病気にならなかったら、入院していなかったら、絶対に会うことはなかったみんな。




治療もリハビリも苦しかったけれど、この出会いがあったから、意地でも生きてやる!って、わたしの力になっている☆






この足のおかげで歩くことができます。


右足も左足も、いつもありがとう。







2017年

5月

23日

「おかあちゃんの足、治ったの?まだ新しい足、生えてこないじゃん・・・???」


自分のために綴っています。




」」」」」」」」




人工関節の寿命と細菌感染のタイミングが重なり、足を切断(戸川清春と同じ足)したのは、子供が3歳になる少し前。


3歳の誕生日は一緒にいられなかったけれど、

とにかく早く帰って、義足での歩行練習をして、今までの生活ができるようになるまでにする。


いくつかあった目標の中で、これは第一の目標。



もう一つの目標は、

歩けるようになったら、子供とディズニーランドに行こうって約束したことを実現させること。




実は、「入院セッ」トを届けてくれた友人と、その娘ちゃんと(うちの子と同級生。わたしたちママも)、検診の前日にディズニーランドに行ったの。


もしかしたら、こうして自分の足で歩くことができるのが最後かもしれないって、何となく感じていて。





当時、息子はまだ3歳前だから、あんまり覚えていないんだよね。


クリケットが近くに来てくれたんだけど、怖くて怖くて大泣きの息子。笑


ミッキーの家も並ばずにすんなり入ることができて、写真撮ったけど、ミッキーが怖い息子。笑


未だに、動く人形は好きじゃないみたいで、一昨年息子とディズニーランドに行った時も、プーさんを遠くから見て「かわいい」って言ってた。笑





あ、また脱線した。

※特技①話を脱線させること。






「元気になったらディズニーランドに行く」という約束はしっかり覚えていてくれた息子。


足を切断し、退院し、歩行訓練も本当に頑張って、

両松葉杖⇒片松葉杖⇒短い杖⇒杖なし で歩けるようになり、

その間には休職させてもらっていた会社にも復帰することができ、少しずつ社会復帰をしたわけ。




そんなある夜。

お風呂あがった時の話。(まだ一緒に入ってくれていたカワイイ頃。笑)




わたし:

「そろそろディズニーランド行こうかー」


むすこ:

「え??行けるの??まだ治らないんでしょ??」


わたし:

「え?もう大丈夫だよ。ちょっと歩くの遅いけど、ゆっくり歩けば大丈夫だから、行こうよ」


むすこ:

「え??もう治ったの??・・・だって、まだ新しい足、生えてこないじゃん・・・???」









「新しい足、生えてこないじゃん。」



ああ、子供の発想って、すごいなって思ったの。


ピッコロじゃあるまいし・・・





爆笑






もちろん、そんなことは言わないよ。



心配してくれている息子の優しさに、思わず涙。


けれども、笑っちゃうよね、可愛くて☆




「もう足は生えてこないよ。このままだよ。けどね、歩いてるでしょ、だから大丈夫なの、行こうね」

と説明。

むすこ:

「ええええ!!!もう足このままなの?生えてこないの??それで歩けるの???」


わたし:

「そう、こういう足でもあちこち行けるように、車いすがあったり義足があったりするんだよ」






・・・・こんな話を、風呂上りに身体を拭きながらしました。







わたしが足を切断し、歩行訓練始めてから、3年後。

保育園卒園記念に、ディズニーランドに行きました(*^▽^*)



まだ歩行に不安があったので、友人に付き合ってもらい、3人で。


それからも、大体年に1回のペースで「二人ディズニー」しました♡







小学校卒業記念に二人で出かけてからは、しばらくディズニーには出掛けていないなぁ。



いつか、息子に彼女ができたら、

自分のペースで歩いて、彼女と楽しんでほしいんです。



いつも、わたしのペースに合わせて歩いてくれているから。







ちなみに、

ディズニーでの息子の一番の楽しみは、ポップコーン(塩味)。



・・・・・どこでも食べられるけど・・・・・笑









余談だけど、



わたしの足は、戸川清春と同じって言ったでしょ?


だからね、わたしが沼津に帰ってきて、
初めてわたしの足を見た息子はびっくりしていて、


「おかあちゃん、もう一回病院行ったほうがいいよ!先生、足、間違えてくっつけちゃったんだよ!」


って言ったの。


必死な顔して。




可愛かったし、嬉しかったなぁ^^