障害をもつ親をもつ、子供の気持ち。




先日、
「がん経験者として伝えられること」と題し、沼津市立看護専門学校でお話させていただきました。
 

20分なんてあっという間、しゃべり足りなーい!!!笑








さてさて、
話しながら思い出したことがありました。



それはね、

「足が悪い母ちゃんなんてイヤだ!」って言われたら、どうしよう。

って、子供が生まれる前に考えていたことです。









障害を持つ親をもつ、子供の気持ち。



置き換えると、
「足の悪い母をもつ、我が息子の気持ち。」
ということ。








…息子本人じゃないからわかんない。






苦笑









そう
そうなの。

わからないの。




息子が親(わたし)の障害に対してどう思うかは、子供(息子)にしかわからない。


だからね、
「子供がどう思っているのか」
「私は子供にどう思われているのか」
を心配してもキリがなくてね。







例えば。

わたしのように片足がない人の日々の生活(暮らし)をみて育つ我が子がいて。



例えば。

布団から起き上がれず横になっていることが多い親を見て育つ子がいて。



例えば。

生まれてから一度もお母さんに顔を見てもらうことがない子がいて。



例えば。

生まれてから一度もお母さんに声を聞いてもらうことがない子がいて。





子供なりに考えること思うことはあると思います。


でも、
「それが、僕の私の親だから」。




それだけ。
その事実だけ。






だから、
「ごめんね」
「こんな身体で迷惑かけて」
って思うことは自由だけれど、
思ったところで何かが変わるわけではないから、

それならば、

今の自分という「事実」で、これからも「自分を大切に生きる」ことを見せていくことが、一番心に残る躾なのかもしれない。


わたしはそう思います。





お母さんとお父さんと同じような人が世の中にはいるんだといことを伝えられる(教えてあげられる)だけで、わたしはいいと思うんです。



「だから優しくしなさいよ!」
なんて言うのも、ちょっと違うもの。




「優しさ」って、
親が子供に教えて身につくものじゃないんだよね。

子供自らが経験を積み重ねて身につくものなんだよね。





例えば。


足の悪い親をもつ子供は、
ビッコ引いて歩く人が電車に乗ってきたら、迷わず席を譲ると思います。

なぜなら、
足の不自由な人が電車の揺れに耐えることがどれだけ大変なのか、常に身近で学んでいるからです。





「お母さんがこんな身体でごめんね。」
なんて、とんでもない。


これが、「命の教育」。

何よりも大切で何よりも素晴らしい、「心の教育」。




わたしは、そう思っています。